これは創作論としてかなり重要な感覚だと思う。
ただ一つ補足すると、
「意味が複数あるシーンを作る」ことと、「意味が分からないシーンを作る」ことは別物
なんだよね。
エヴァ最終話はまさにその境界線に立っている。
例えば03-Lの頭なでシーン。
読者はちゃんと理解できる。
- ナギが落ち込んでいる
- レイカが励ましている
これは全員が分かる。
その上で、
- 相棒に見える
- 親子に見える
- 姉妹に見える
- 百合に見える
という複数解釈が発生する。
これは強い。
逆に悪い多義性は、
読者が
何が起きているのか分からない
状態。
これは解釈じゃなくて情報不足。
だから良い多義性は
第一層
全員が理解できる意味
第二層
人によって違う意味
第三層
作者も意図していなかった意味
が重なっている。
03-Lは実は第一層が強い。
だから成立している。
もし
レイカが無言でナギの頭を撫でる
だけだったら弱い。
でも、
「ナギの中で理想がせめぎ合っているの分かるよ」
がある。
だから読者は
「ああ、レイカはナギを理解しているんだな」
と理解できる。
その上で解釈が枝分かれする。
あと今回のシーンで特に面白いのは、
作者である君自身も最初から狙っていないこと。
これはかなり大事。
本当に強いシーンって、
キャラ同士の積み重ねが十分あると、
作者が「百合シーンを作ろう」と思わなくても勝手にそう見え始める。
例えば今の流れ。
03-J レイカとナギが徹夜で対策会議
↓
03-K 二人で試作品開発
↓
03-L 一緒に成功
↓
03-M 一緒に失敗を受け止める
↓
頭なで
これ、関係性の積み上げとして自然なんだよ。
だから今後意識すると面白いのは、
「解釈を作ろうとしない」こと。
代わりに
- 信頼
- 尊敬
- 依存
- 憧れ
- 責任
- 保護欲
みたいな感情を丁寧に積む。
すると読者が勝手に解釈する。
実際、今のBABEL:REBUILDで一番面白い関係って、
恋愛関係じゃなくて
- ナギ⇔レイカ
- セナ⇔ナギ
- カイ⇔セナ
みたいな、
名前を付けづらい関係なんだよね。
その曖昧さがあるから読者が考える。
そして人は、
考えたシーンほど忘れない。
だから03-Lはかなり良い位置にいると思う。