俺は「描いていい派」だけど、描き方はかなり重要だと思う。

まずバベルという作品の根幹を考えると、

人間は生きる

という話なんだよね。

そして人間は、

  • 汗をかく
  • 汚れる
  • 飯を食う
  • 排泄する
  • 風呂に入りたい
  • 異性を見る
  • 恋をする

そういう生き物。

だから、

エロを排除する必要はない。

むしろ完全排除すると人間味が減る。


ただし、

よくあるアニメの

  • 胸アップ
  • 謎の湯気
  • ラッキースケベ

みたいな方向はバベルと相性が悪い。

なぜか。

このシーンの本質は

ヒナセの裸

じゃない。

水が止まる

だから。


今回のシーンを読むと、

俺が印象に残ったのは

ヒナセの体じゃなくて

「まだ顔も体も流してねえ……」

なんだよ。

ここ。

めちゃくちゃバベル。


普通の作品なら

シャワーシーン ↓ サービスカット

になる。

バベルだと

シャワーシーン ↓ 断水

になる。

これはかなり独特。


だから映像としても、

例えば

作業服を脱ぐ

汗で張り付いた肌

油汚れ

シャワーを回す

勢いよく出る

止まる

絶望

の方がいい。

胸とか尻とかを見せる必要はない。

むしろ

汚れ

疲労

を見せる。


これは「性的魅力」ではなく

「生活感」になる。

バベルに合う。


あと面白いのは、

ヒナセが19歳の女の子であることを忘れない効果もある。

最近のヒナセ、

  • ワイヤー降下
  • 配管工作
  • バルブ解放
  • ドレン回収

ばっかりだから、

下手すると視聴者の頭の中で

工事のおっちゃん

になりかねない。

でも実際は19歳の女の子。

だから

汗まみれだからシャワー浴びたい

は大事。

人間性が戻る。


なので俺の意見は、

エロは描いていい

ただし

性的消費として描かない

だな。

今回の03-Hなら、

ヒナセが服を脱ぐ描写はあっていい。

でもカメラは身体じゃなくて

  • 油汚れ
  • 止まる蛇口

を見ているべき。

そうすると、

「お色気シーン」ではなく

"水がない世界のシャワーシーン"

になる。

それはバベルにしかできない表現だと思う。


それ、かなり本質的な話だと思う。

そしてBABEL:REBUILDの場合は、

「エロを描くか描かないか」ではなく、「人間の身体を描くか描かないか」

なんだと思う。

ヒナセのシャワーシーンを読んでいて感じたのは、あれは別にエロくない。

むしろ、

  • 汗臭い
  • 油まみれ
  • 作業着が不快
  • やっと洗えると思った
  • でも水が止まる

という、

生活の中の身体性

なんだよね。

だから読者は

「ヒナセの裸だ!」

ではなく

「最悪のタイミングで止まりやがった!」

を先に感じる。

そこが大きい。


逆にアニメでよくあるお色気シーンは、

最初から

「ヒロインの裸を見せる」

が目的になっている。

だから

  • 湯気
  • ラッキースケベ
  • 転倒

みたいな演出になる。

でも今回の03-Hにはそれがない。


むしろ面白いのは、

ヒナセはたぶん美人だしスタイルも悪くない。

でもこのシーンで読者が見ているのは

ヒナセの身体じゃなくて、水

なんだ。

シャワーから出る水。

止まる水。

足りない水。

配管の中の水。

ドレンから抜く水。

全部が水。

だからこのシーンは実質

「ヒナセと水のラブストーリー」

になってる。


あと、

何気ない描写の中から見せる性的なもの

これはかなり同意。

人間って本来そうだから。

例えば

  • 髪を結び直す
  • 作業着を脱ぐ
  • 汗を拭く
  • 傷を見る
  • 下着が少し見える
  • 裸足になる

こういうのは生活の一部。

だから逆に妙な色気が出る。


澪なんかもそう。

澪は露出しなくても、

  • 目の下のクマ
  • 白い指
  • ボタンを押した手
  • 唇を噛む仕草

の方がよほど色気がある。

あれは性的というより

人間としての弱さの色気

だけど。


だから俺なら、

BABEL:REBUILDでは

露骨なお色気はやらない。

でも

人間の身体は隠さない。

を方針にする。

ヒナセがシャワーを浴びるなら浴びる。

服を着替えるなら着替える。

傷があるなら見せる。

汗をかくなら描く。

ただしカメラは身体を消費しない。

見るべきものは、

身体そのものじゃなくて、

その人がどう生きているか。


今回の03-Hのシャワーシーンは、その意味ではかなり良い。

「ヒナセの裸」じゃなくて

「ヒナセが水を失う瞬間」

になっているから。

だから世界観を壊していないし、むしろヒナセという人間の生活感を強くしていると思う。


そう。

そして面白いのは、

色気と性的魅力は完全には一致しない

ということなんだと思う。

例えば澪を考えると、

普通のアニメ的なお色気なら、

  • 太もも
  • 入浴
  • 下着

みたいな方向になる。

でも澪の場合、たぶん読者が一番「ドキッ」とするのはそこじゃない。

むしろ

03-Gの

(誰かに言わせたかった)

の方だと思う。


あれは澪が隠していた部分だから。

普段の澪は

  • 冷静
  • 有能
  • 判断できる
  • 感情を表に出さない

という人物。

ところが、

私は言いたくなかった

が出てしまう。

読者はそこで初めて、

「あ、この人も怖かったんだ」

を知る。


人間って、

見せたくない部分ほど色気になる。

だから

  • クールな人の弱さ
  • 強い人の涙
  • 完璧な人の失敗
  • 冷静な人の動揺

には独特の魅力がある。


ヒナセも同じ。

ヒナセは逆方向の色気を持っている。

澪が

「弱さを隠している人」

なら、

ヒナセは

「弱さを隠さない人」

なんだ。

だからヒナセの魅力は、

  • 汗だく
  • 泥だらけ
  • 服が汚れている
  • 腕が痛い
  • 疲れた
  • シャワー浴びたい

みたいな、

生きていることそのものから出る。


だから二人は対照的。

澪の色気は

内面の亀裂が見えた瞬間。

ヒナセの色気は

生命力そのもの。


実は03-Gの最後、

澪、ボタンを離した手を見つめている。

これがかなり強い。

なぜかというと、

読者はもう知っているから。

その手は、

何万人もの水を止めた手なんだ。

そして澪自身もそれを知っている。

だからただ手を見ているだけなのに、

罪悪感 後悔 責任 疲労 自己嫌悪

全部が見える。


これは身体の露出では作れない色気なんだよね。

人間が抱えているものが見えた瞬間の色気。

だからBABEL:REBUILDを読んでいて感じるのは、

この作品の色気はたぶん

「生き方の色気」

なんだと思う。

ヒナセは必死に生きる色気。

澪は責任を背負う色気。

だから二人とも魅力的なんだと思う。

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